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東京地方裁判所 昭和57年(特わ)478号 判決 1982年10月20日

(被告人の表示)

本籍

東京都世田谷区八幡山町二二番地

住居

東京都町田市中町四丁目五番五号

会社役員

今井長成

大正一五年三月一六日生

主文

1  被告人を懲役一年六月及び罰金七〇〇〇万円に処する。

2  未決勾留日数中四〇日を右懲役刑に算入する。

3  右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都町田市中町一丁目二二番二号において、司法書士業を営むかたわら不動産の売買などを行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右不動産売買を江川建設工業株式会社(代表取締役江川常三郎)名義で行うなどの方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五三年分の実際総所得金額が八八六八万六二二二円あった(別紙(一)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五四年二月二七日、東京都八王子市子安町四丁目四番九号所在の所轄八王子税務署において、同税務署長に対し、同五三年分の総所得金額が一一八万六四四五円でこれに対する所得税額は源泉徴収税額を控除すると四五万二五八三円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五七年押第五三六号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額五一五二万七三〇〇円と右還付申告額との合計五一九七万九八〇〇円(別紙(三)税額計算書参照)を免れ

第二  昭和五四年分の実際総所得金額が三八八四万〇六六四円、分離課税の土地の譲渡等による雑所得金額が二億二四八三万八〇三二円、分離課税の短期譲渡所得金額が一九五一万五七九一円、分離課税の長期譲渡所得金額が八〇二八万六〇四九円あった(別紙(二)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五五年三月一四日、東京都町田市旭町一丁目八番二号所在の所轄町田税務署(同五四年七月一〇日から町田市を管轄)において、同税務署長に対し、同五四年分の総所得金額が七三八万六八五七円、分離課税の短期譲渡所得金額が二八四八万〇五二六円の欠損、分離課税の長期譲渡所得金額が二六五万二六三四円の欠損でこれらに対する所得税額は源泉徴収税額を控除すると五二万〇二八一円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税損失申告書(前同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億五一八五万一〇〇〇円と右還付申告額との合計二億五二三七万一二〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全般につき

一  被告人の当公判廷における供述及び検察官に対する供述調書一二通

一  証人江川常三郎の当公判廷における供述並びに検察官に対する供述調書三通及び同抄本

一  鈴木貞光の検察官に対する供述調書謄本四通

一  赤井令子、石井恵子(三通)、斉藤さつき、高木敏行、鷹野俊雄、黒羽誠一、秋山初蔵(二通)、園田司、間多善行(二通)、亀井徳寧、河合孝順、入江良一、熊沢サダ子、笹原正次及び大沢正吉の検察官に対する各供述調書

判示各事実ことに過少申告の事実及び別紙(一)、(二)修正損益計算書の公表金額につき

一  押収してある所得税確定申告書一袋(昭和五七年押第五三六号の1)、所得税損失申告書一袋(同押号の2)及び所得税青色申告決算書二袋(同押号の3、4)

判示各事実ことに別紙(一)、(二)修正損益計算書中の各当期増減金額欄記載の内容につき

一  町田税務署長作成の証明書(別紙(一)修正損益計算書の各勘定科目中<26>、<27>、別紙(二)修正損益計算書の各勘定科目中<23>ないし<25>)

一  収税官吏作成の貸倒引当金繰入額調査書(総合課税事業所得)((一)の<26>、(二>の<24>。以下の調査書も収税官吏の作成したもの)

一  貸倒引当金繰戻額調査書(総合課税事業所得)((二)の<23>)

一  青色申告控除額調査書((一)の<27>、(二)の<25>)

一  利子割引料調査書((一)の<40>、(二)の<38>)

一  貸倒引当金繰入額調査書(総合課税不動産所得)((一)の<44>)

一  貸倒引当金繰戻額調査書(総合課税不動産所得)((二)の<42>)

一  検察官作成の捜査報告書「売上について」((二)の<45>。以下の捜査報告書も検察官の作成したもの)

一  仕入調査書((二)の<46>)

一  支払仲介料調査書(総合課税雑所得)((二)の<47>)

一  捜査報告書「工事測量費について(総合課税雑所得)」((二)の<48>)

一  租税公課調査書(総合課税雑所得)((一)の<51>、(二)の<49>)

一  雑収入調査書(総合課税雑所得)((二)の<50>)

一  捜査報告書「支払利益分配金について(総合課税雑所得)」((二)の<51>)

一  受取利息調査書((一)の<48>、(二)の<52>)

一  受取損害賠償金調査書((一)の<49>、(二)の<53>)

一  支払利息調査書(総合課税雑所得)((一)の<50>)

一  捜査報告書「雑費について(総合課税雑所得)」((二)の<54>)

一  売上調査書((二)の<56>)

一  期首棚卸商品調査書((二)の<57>)

一  期末棚卸商品調査書((一)の<54>、(二)の<59>)

一  捜査報告書「仕入について」((一)の<53>、(二)の<58>)

一  支払仲介手数料調査書((一)の<55>、(二)の<60>)

一  租税公課(印紙代)調査書((一)の<56>、(二)の<64>)

一  捜査報告書「工事測量費について(分離課税雑所得)」((二)の<61>)

一  登記料調査書((二)の<62>)

一  捜査報告書「租税公課(固定資産税)について」((二)の<63>)

一  立退料調査書((二)の<65>)

一  支払利息調査書(分離課税雑所得)((二)の<66>)

一  貸倒損失金調査書((二)の<67>)

一  雑収入調査書(分離課税雑所得)((二)の<68>)

一  捜査報告書「雑費について(分離課税雑所得)」((二)の<69>)

一  同「支払利益分配金について(分離課税雑所得)」((二)の<70>)

一  収入調査書(短期譲渡所得)((二)の<72>)

一  租税公課調査書(短期譲渡所得)((二)の<74>)

一  支払仲介料調査書(短期譲渡所得)((二)の<75>)

一  捜査報告書「調査測量費について(短期譲渡所得)」((二)の<76>)

一  収入調査書(長期譲渡所得)((二)の<79>)

一  租税公課調査書(長期譲渡所得)((二)の<81>)

一  支払仲介料調査書(長期譲渡所得)((二)の<82>)

一  捜査報告書「調査測量費について(長期譲渡所得)」((二)の<83>)

一  同「譲渡特別控除額について」((二)の<84>)

判示各事実ことに別紙(三)、(四)税額計算書の各別表(1)について

一  押収してある所得税確定申告書二袋(前同押号の5、6)

(争点に対する判断)

弁護人は、本件公訴事実を争わないとしながら、その経緯ないし態様につき、種々の主張をしているので、そのうち犯罪の成否又は内容に直接関係すると思われる重要な左の四点について、以下に判断を示すこととする。

弁護人は、(一)別紙(五)江川建設工業株式会社(以下「江川建設」という。)名義による売買物件明細表記載の各不動産取引は、いずれも被告人が代表者をしている有限会社中町又は有限会社「いげた」が江川建設名義で行ったものであるから、その売買益は右有限会社に帰属すべく、したがって、被告人は本件につき法人税法違反としてはともかく、所得税法違反の罪に問擬される筋合いではない。(二)かりに右不動産取引が被告人個人の事業であるとしても、被告人は別紙物件明細表物件番号1、1の2、2、6ないし10、14ないし22の物件の取引を株式会社本町田不動産(以下「本町田不動産」という。)と共同で行ったものであり、資金も経費も折半する約束であったから、右取引に関し江川建設の名義を利用したことに伴い江川建設に支払った金員のうち半額は本町田不動産の利益から支払われたものであり、被告人の売買益から減額すべきである。(三)右金員は、取引を仮装隠ぺいするための名義料として支払ったものではなく、税金分として支払ったものである。(四)さらに、被告人が本町田不動産の利益分配金算出にあたり、江川建設に支払うべき分として売買益の二〇パーセントないし三〇パーセントを差し引きながら、現実に江川建設に支払うことなく被告人が取得した一〇パーセントないし一五パーセント分については、被告人の所得計算上は総合課税の対象たる雑所得と評価すべきものである、と主張する。

所論(一)について。

関係証拠を総合すれば、別紙物件明細表記載の江川建設名義による各不動産取引の実質的な帰属主体は、所論の有限会社「いげた」又は有限会社中町ではなく、被告人個人であることが明らかである。すなわち、関係証拠によれば、

(1)  被告人は、司法書士業のかたわら昭和三八年ころから個人で不動産取引を始め、かなりの利益を挙げたことから、所得税の軽減や利益隠し等税務対策上の目的で、同四一年八月株式会社美鈴を設立したのを手始めに、同四三年五月有限会社「いげた」を、次いで同四八年一一月有限会社中町をそれぞれ設立したものであり、それぞれ賃貸ビルや駐車場等の資産を所有し、右会社名で不動産取引を行う等の形式を整えているが、これらの会社は、登記簿上本店所在地を異にするのに、その業務を各別に担当する従業員はおらず、わずかに本件当時右三社の経理事務を担当する女子事務員が一人いるだけというまさに被告人のワンマン会社であって、しかも、被告人はその不動産取引を税務対策上の観点から随時被告人個人名義とし、又は有限会社「いげた」等の名義として行ってきたものであるうえ、右会社名義による取引により計算上会社に帰属すべき収入については、それぞれの会社の経理処理の上で、被告人ないし関係者からの借入金の計上や被告人の金融機関に対する個人的債務を会社の直接の借入であるように仮装するなどの方法により、実質上被告人に還流させ、法人決算としては常に赤字となる形式を整えていたものであることが明らかであり、したがって、右三社はいずれも被告人が個人でした不動産取引等において税務申告の公表上その名義を利用する存在に過ぎないもので、もともと独立の事業体としての実質を備えていなかったと認められる。

(2)  別紙物件明細表記載の各不動産取引において、江川建設の名義を借用したのは、後記認定のとおり、右不動産取引による税金をすべて江川建設において処理し、被告人側としては、被告人個人としても、また、所論の会社のいずれにおいても一切税務申告をしないで済ませるためにしたものであり、したがって、被告人としては、このように税務申告をしない取引について内部関係上もあえて会社名義を利用する必要はなかったものであり、現に右不動産取引が、実質的に所論の会社の業務として行われた結果、右取引による売買益等が所論の会社に帰属したことを窺わせる事実は全く存しないばかりか、被告人は所論の会社が江川建設から現実には存しない多額の借り入れを行っていたように帳簿を仮装し、利息分を被告人個人の所得とする等の行為までしていることが認められる。

右事実を総合すれば、本件各不動産取引はいずれも被告人個人の事業として行われ、その売買益も被告人個人に帰属するものというべきである。右認定に反する被告人の当公判廷における供述は措信できない。本件不動産取引の原資の一部が所論の会社の借り入れにかかるものであるとしても、前認定の各会社の実体及び被告人の会社名義利用の実態に照らせば、これをもって所論の会社の事業としてなされたものということはできないし、本件不動産取引において作成された書類の一部に法人名を使用したものがあるとしても右と同様である。右のほか、本件不動産取引における鈴木貞光の違反行為が法人税法違反に問擬されていること等所論の挙げる諸事情を考慮しても右認定を左右しない。所論は理由がない。

所論(二)について。

関係証拠、とくに被告人及び鈴木貞光の検察官に対する供述調書によると、被告人の不動産取引に本町田不動産が加わるようになったのは、昭和五二年初めころ、本町田不動産の代表者、鈴木貞光が別紙物件明細表番号16、17の土地について、被告人に購入方を依頼したことから、本町田不動産と有限会社「いげた」において、購入代金を半分ずつ出し合い、共同で購入したうえ、これを売却し利益を折半しようと相談したことに始まるものであるが、右物件の売買契約は、売主側の都合で同五三年七月ころいったん解約となったが、間もなく売主から再び売却の申入れがあったところ、これより先、被告人は別紙物件明細表番号4のいわゆる真光寺物件の取引において、江川建設に売買益の一〇パーセントを支払う条件で江川建設名義の取引を行ったことから、右16、17の土地の売買も右の方法で行うことを企図し、同社の代表者江川常三郎にその承諾を得る一方、鈴木貞光に対しては、購入代金を二分の一ずつ出し合って共同で不動産取引をするが、税金対策として江川建設名義で取引をすること、各自の売買益の二〇パーセントを江川建設に支払えば、税務処理は江川の方でするから一切申告は不要である旨持ちかけて同人の承諾を得て不動産取引を行ってきたもので、諸経費や分配金についても、その実質はともかく、計算上は被告人と本町田不動産がそれぞれ出資金に応じて折半するという形式がとられている(もっとも、その後被告人が江川建設に対して支払う金額は、売買益の一五パーセントに増額されたが、被告人は、鈴木に対してはこれを秘匿し、三〇パーセントとなった旨告げてその承諾を得ている。)ことや、一連の不動産取引において、鈴木が売主を被告人に紹介したり、被告人と共に現地を調査したり、契約や代金授受の場に立ち会ったりした事実もあることに徴すると、本件不動産取引は、被告人と本町田不動産がそれぞれ出資金を二分の一ずつ出し合ってした共同事業であり、江川建設に支払われた一〇ないし一五パーセントの金員は、被告人と本町田不動産の各自の利益金からそれぞれ二分の一ずつ支払われたもののようでもある。

しかしながら、関係証拠をしさいに検討すると、被告人が本件において、不動産取引の知識・経験の乏しい本町田不動産をわざわざ不動産取引に参加させたのは、鈴木貞光が土地の旧家であって、資金調達能力があり、また優良な土地の供給先と見込まれる地主を知っていると思われたことから、これらの能力を利用しようとしたに過ぎず、それ以上に右鈴木が個々の取引において、売買の交渉や契約内容の決定・書類の作成・提出、土地の管理に関する事務、販売先の選定、諸費用の支払等の業務の全般に亘り、被告人と共同して行うことを期待していたわけではなく、鈴木としても、被告人の言うとおり資金を半分提供して、あとの処理を被告人に任せておけば、被告人が右のような不動産取引を進んで行い、売買益の二〇ないし三〇パーセントを江川建設に支払うことを甘受することにより、その余の利益の半分はすべて税務申告を要せずして本町田不動産の利益となることに満足して被告人の申入れを承諾したものであり、これ以上に取引において被告人と共同して積極的主体的に行動する意思はなく、また、その事実もなかったと認められる。また、本件取引がいずれも江川建設名義の取引であることから、相手方との交渉や書類の作成・授受等につき江川との緊密な連絡が必要であるのに、江川と鈴木との間ではこれらの点に関し何ら交渉を持った事実はなく、すべて被告人がひとりで江川と交渉してことを運んだばかりでなく、被告人は取引における重要な事項をみずから決定すると共に江川建設の記名印等を常時保管し、その実印・印鑑証明書等を随時江川から取り寄せて必要書類を作成し、契約書や権利証等の書類もみずから保管し、金融機関に江川建設名義の口座を設け、これを管理して代金決済等を行っており、また、このようにして行った取引の結果については、被告人が取引の収支明細をメモに作成し、契約書等の写しなどの資料を付けて鈴木に交付し、その確認のサインを求めているが、その内容をみると、前記江川建設に支払った金員について現実には売買益の一〇ないし一五パーセントしか支払っていないのに、これを二〇ないし三〇パーセント支払ったものとしているほか、費用を水増計上するなどした結果として少なくとも四四〇〇万円余にのぼる金額を控除しているのであり、鈴木は、右取引に伴う費用等を管理掌握する立場になかったことから右メモの内容について深く検討もせず、異議や疑念を申し出ないままこれを了承して分配金を受け取っていたのであり、これらの事実を総合すると、本件不動産取引は、被告人が江川建設名義を利用して行った単独の取引であり、本町田不動産は被告人と共同して事業を行ったものではなく、その出資者に過ぎないと認められる。

前認定事実のうち、鈴木が一部の取引において売主を紹介したり、契約や代金授受の場に立ち会った等の事実のなかには、鈴木が被告人の指示をまつことなく自発的に行ったものも若干認められるが、鈴木の前記のような立場及び出資割合等に徴すると前記認定の妨げとなるものではない。また、本町田不動産は本件不動産のうち、別紙物件明細表番号9、21、22の各物件についてそれぞれ所有権移転の仮登記又は本登記を経由しているが、このうち9及び21の物件については、江川建設に対する国税局の査察が入ったのちに登記されたものであり、また22の物件については、代金が著しく高額であったもので、いずれも鈴木において出資金の担保として確保する必要が生じたのちの措置と認められるので、右認定を左右するものではない。その他本件全証拠を検討しても右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、本件不動産取引において、本町田不動産は出資者として、売買益から江川建設に支払われた残額を出資金に対する分配金として受け取っていたものと認めるべきであり、したがって、江川建設に対し被告人が支払った金員は、すべて被告人の事業による利益金から支払われたものというべきである。所論は理由がない。

所論(三)について。

所論の趣旨は、江川建設に対する支払によって被告人の納税義務が一部履行されたものとして、本件の正当税額から控除すべきであるというのか、あるいは右支払分を必要経費として所得から控除すべきであるというのか必ずしも明らかではないが、関係証拠によれば、被告人が、自己の不動産取引を仮装隠ぺいして所得税を免れるための手段として江川建設の名義を使用し、その使用に伴う謝礼ないし迷惑料の趣旨で右金員を支払ったこと、したがって、右金員の性格は被告人の所得を隠ぺいし税金を免れるための工作費にほかならない。

所論は、被告人作成のいわゆる分配金メモ等の記載を挙げて本件金員が名義料ではなく、税金分であると主張するが、メモ等の記載によっても、その税金分の意味は、江川建設の取引として公表されるところから江川建設において支払うべき税金分という意味であるに過ぎず、被告人の支払うべき税金分とはとうてい理解できない。したがって、被告人がこれを江川建設に支払うことによって、江川建設が国税当局に対し、自己の取引にかかるものとして納税をしても、そのことによって被告人が自己の納税義務を免れるものではないことはもちろん、右のような支払は被告人の所得の必要経費とは認められないものというべきである。

所論はいずれにせよ理由がない。

所論(四)について。

さきに述べたとおり、本件不動産取引は、被告人の単独事業であって、本町田不動産は売買益の中から被告人の計算による分配金を取得していたのである。したがって、所論が被告人において江川に支払うことなく取得したと主張する金員は、本町田不動産が、いったん分配を受けた利益の中から被告人に贈与したものではなく、被告人の売買益そのものなのであり、被告人の土地譲渡による所得として分離課税の対象となることは明らかである。所論は理由がない。

(法令の適用)

一  罰条

判示各所為につき、行為時において昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一、二項、裁判時において改正後の所得税法二三八条一、二項(刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

二  刑種の選択

いずれも懲役刑及び罰金刑の併科

三  併合罪の処理

刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第二の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項

四  未決勾留日数の算入

懲役刑につき刑法二一条

五  労役場留置

刑法一八条

(量刑の理由)

被告人は、昭和三三年、司法書士の資格を取得し、翌三四年四月、東京都町田市において司法書士を開業したが(そのころ、行政書士及び宅地建物取引主任者の資格を取得した。)業務は順調に伸びてかなりの収入を得るようになったものの、司法書士等の収入だけでは財産の蓄積はできないと考え、昭和三八年ころから不動産取引を始め、多大の利益をあげていたものであるが、本件は、判示のとおり、被告人が昭和五三年から五四年にかけて江川建設名義を利用して不動産取引による所得の大部分を秘匿し、あるいは有限会社「いげた」などの関係会社に対する貸付名義を仮装して受取利息を秘匿するなどした結果、総額三億〇四三五万円余の所得税を免れたという事案であって、ほ脱額が三億円を超す巨額なものであり、両年分とも正規の所得税額に対するほ脱の割合は一〇〇パーセントであって、所得申告率も極めて低いうえ、源泉徴収税の還付を受けることになる旨の申告までしているものであり、被告人が青色申告の承認を受けていながらこれを全く無視した経理操作をして本件のような大がかりな脱税に及んでいることを考慮すると、被告人の本件犯行は、申告納税制度を無視するものというほかなく、厳しく非難されて然るべきである。ことに、昭和五四年分のほ脱税額二億五二三七万円余のうち七三パーセント強を占める分離課税の対象である土地等の雑所得は、売上金額が九億八五〇〇万円余に及ぶにもかかわらず、被告人は、これを一切申告していないのであって、その納税意識の希薄さは著しいものがある。被告人は、本件不動産取引のうち、公表上被告人の所有とされている今井ビル及びその敷地の譲渡を除いてはすべて自己の名前を秘匿し、江川建設名義で行っているが、この点に関し、被告人は、当公判廷において江川から勧められて敢行した旨しきりに強調するが、本件不動産取引のうち、当初のいわゆる真光寺物件については格別、その余の江川建設名義の取引は、むしろ被告人の方から江川に持ちかけてその名義を借用することの了解をとったものであって、被告人が自己の脱税のために積極的に江川を利用したことが明らかであって、被告人の右公判廷の供述はあたらない。また、被告人は、本件の動機に関し、江川から国税当局に顔が効くので同人に任せておけば税金が少なくてすむと言われたのを信じ、江川建設に名義料を支払い江川建設名義で本件取引を行ったものであって、江川の言にだまされた旨供述するが、被告人が江川の話を信じていなかったことは、被告人が江川に脱税の処理を任せきりにすることなく、独自に所得の隠ぺい工作をしていることに徴しても明らかであり、被告人の右供述は、単なる後日の弁疎というべきであって、もとより情状において考慮し得る限りではない。

次に、本件犯行の態様をみると、被告人は、本件不動産取引に関し、常時保管していた江川建設のゴム印、印鑑、必要に応じ同社から取り寄せた実印や印鑑証明書を利用して、江川建設名義の取引に関する書類を作出し、あるいは江川建設名義の銀行取引口座を設けるなどして自己の取引であることを秘匿し、また、前記今井ビルの敷地建物の譲渡について売買益を圧縮するため江川建設に対する架空債務の代物弁済として低額で引き渡すという操作を案出、実行するなどしており、計画的かつ巧妙であるといわなければならない(なお、被告人は、当公判廷において、右今井ビルの処分についても江川にだまされ不利な処理をしてしまった旨供述するが、関係証拠に照らしとうてい措信できない。)。そのほか、被告人は、前記のとおり、本町田不動産に対する分配金を算定するにあたり鈴木を偽って江川建設に支払う名義料その他の費用を大巾に水増しし自己の取得分を増加させており、他方、貸付金に対する受取利息の除外についてみると、当初は、被告人個人の裏資金を農業協同組合等からの貸付のように仮装して被告人の関係会社に貸し付けて受取利息を除外するとともに、右関係会社に多額の支払利息を負担させて赤字申告していたが、昭和五三年七月、被告人が所轄八王子税務署の税務調査を受けた際、右仮装の貸付の事実が露見しそうになったことから、右関係会社の帳簿の提出を峻拒したうえ、江川に頼んで江川建設が貸主である旨の証明書を作成させるとともに、これに合わせるため関係会社の帳簿を改ざんするなどして操作している。しかも、その後昭和五五年九月、国税局の査察が開始されるや、調査途中席を外し事務員に電話で指示して帳簿類を隠匿し、その後も隠匿場所を転々と変えるなどして関係証拠を分散隠匿しているほか、調査官の事務員方への調査を妨害し、自らは国税当局への出頭要請に応ぜず、事務員らに対しても調査に応じれば解雇すると告げるなどして査察に応じないよう命じ、あるいは東都信用組合町田支店の被告人の仮名定期預金を八千代信用金庫和泉多摩川支店の江川建設の口座に移して偽装工作を図り、他方、鈴木らにも働きかけて関係証拠を隠匿し、国税当局への対応を指示したり裏預金の入金先を指示するなど証拠隠滅工作は周到かつ執拗である。

以上の諸事実を総合勘案すると、被告人が一応本件犯行を認める旨陳述し、今後一切脱税しない旨公判廷で誓約していること、国税局の担当調査官に対し本件査察の際自己のとった態度について謝罪していること、本件起訴にかかる両年分を含む三年分につき修正申告をし、納税のための担保を提供し今後地方税も含め納税する旨約していること、本件について新聞、テレビにより報道される等して被告人の家族を含めそれ相応の社会的制裁を受けているものと認められること、被告人は本件により司法書士業を進んで中止しており、将来本件で司法書士等の資格自体を喪失するおそれもあること、被告人には前科前歴がないこと、その他被告人の年齢や家庭の状況等被告人に有利な情状を十分考慮しても、主文掲記の実刑は免れないものと考える。

(求刑 懲役二年六月及び罰金一億円)

よって、主文のとおり判決する。

出席検察官 神宮寿雄

弁護人 楠瀬正淳

(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 羽渕清司 裁判官 園部秀穂)

別紙 (一) 修正損益計算書

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

今井長成 No.1-1

<省略>

修正損益計算書

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

No.1-2

<省略>

別紙 (二) 修正損益計算書

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

今井長成 No.1-3

<省略>

修正損益計算書

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

No.1-4

<省略>

修正損益計算書

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

No.1-5

<省略>

別紙 (三) 税額計算書

53年分

<省略>

別表 (1)

資産所得合算あん分税額計算書

<省略>

別紙 (四) 税額計算書

54年分

<省略>

別表 (1)

資産所得合算あん分税額計算書

<省略>

別表 (2)

資産所得合算あん分税額計算書

<省略>

(注)<4><5>の金額は、38,840,664+(19,515,000-500,000)=57,855,664

総合課税の所得金額+(分離短期譲渡所得金額-特別控除額)=総所得金額

別表 (3)

分離課税の土地等の雑所得の税額計算書

<省略>

別表 (4)

分離課税の短期譲渡所得の税額計算書

<省略>

別表 (5)

分離課税の長期譲渡所得の税額計算書

<省略>

別紙 (五)

江川建設工業株式会社名義による売買物件明細表

No.1

<省略>

No.2

<省略>

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